2008年01月11日
かなりかっこいいです!
しかも時速はマッハです!
F-14はアメリカ海軍の艦上戦闘機。F-4の後継機としてグラマン社が開発した。愛称はトムキャット(Tomcat, 雄猫の意味)。
初飛行は1970年、部隊配備は1973年より進められた。 アメリカ海軍ではメンテナンスの容易さとコストの面から、同機よりも飛行能力が劣るもののF/A-18E/F戦闘攻撃機への機種転換が進められ、最後に残った戦闘部隊 VF-31トムキャッターズも2006年9月22日に解隊、アメリカ海軍の F-14 は全機完全退役した。
F-14は当初、F-111同様垂直尾翼が1枚だったが、海軍がそれに異議を唱え、垂直尾翼を2枚要求し、グラマン社は海軍の要求を呑み、結局垂直尾翼は2枚になり、1969年3月に最終案が採択。開発を急ぎたい海軍とグラマン社は、通常の開発方法(試作機を作って性能評価を行い、その結果を踏まえて量産型を制式採用/発注)といった手順を踏まず、クック・クレイギー計画(いきなり量産型の生産に入り、スローペースで生産する先行量産型でテストを行う方式。戦闘機ではF-102で初めて採用された)を採用し、まず12機の先行量産型を製造した。そして、先行量産型の各機に受け持ちの性能評価項目を振り分け、迅速に開発を行うこととした。当初初飛行は1971年1月を予定していたが前倒しされ、1970年の12月21日にチーフ・テスト・パイロットのロバート・スマイズとプロジェクト・テスト・パイロットのウィリアム・ミラーによって敢行された。この飛行は悪天候と視界不良のために短時間で切り上げられ、9日後に再度飛行テストが行われたが、着陸の際にランディングギアの油圧系統が故障。予備のシステムも作動せず、試作機は墜落。幸いパイロットは寸での所で射出し、軽傷ですんだ(この時製作中の12号機を1X号機として試験に割り当てたため、プロトタイプは都合13機)。
F-14Aの操縦席この設計ミスはすぐに修正され1971年5月24日に2機目のプロトタイプが飛行を行った。この試験機は低速度での動作確認、可変翼、および銃器の動作確認に割り当てられた。3機目は搭載重量を増やしての飛行、4、5、6機目はムグ岬の海軍基地でAWG-9/AIM-54の搭載、試験を行った。このうち5機目はスパローミサイルの発射試験で失敗し、1973年6月20日に墜落している。7機目にはエンジンの換装が行われF401が採用された。8機目は生産ラインのデータ確認に使用され、9機目、11機目はレーダーとその他のシステム確認に割り当てられた。11機目は地上の標的に対してバルカン砲での攻撃テストにも使用されている。10機目は海軍の試験センターで空母での発着を想定した試験に使用された。
海軍による最初の飛行テストは1971年12月16日に行われ、大変な好評を博している。翌1972年の6月15日に最初のカタパルトを使用した発艦試験がUSSフォレスタル(Forrestal)で行われ、6月28日に初の着艦試験が同空母上で行われた。この10号機はのち着艦に失敗し、パイロットは死亡している(オペレーターは同乗していなかった)。余談だが、搭乗員からはF-14は着艦の際の挙動の制御が難しいためビースト(獣)と呼ばれていた。
(以上、ウィキペディアより引用)
1機いくらすんでしょうね?
相互リンク
アリバイ アリバイ会社 保証人 アロマエステ マッサージ 吉祥寺のエステ フェイシャル 私書箱 私書箱 福岡私書箱
- Permalink
- by
- at 10:50
- Trackbacks (0)